ララムリと呼ばれるタラウマラ族が愛用するワラッチの語源は「ワラジ」だった?!|日本とメキシコのふか~い関係

世界一速く走る民族が履くワラッチ

皆さんは、メキシコのサンダルのワラッチはご存知ですか?

引用:Amazon.com

メキシコの伝統的な履物で、革紐を交差させ編み上げたハンドメイドのメッシュサンダル。ハラッチ、ワラチェ、ともいいます。

ネイティブメキシカンやメキシコの農民が履いていた革製の靴を起源に、ソール部分に安価な古いタイヤを用いたデザインが登場し一般化。

1950年代には北米に上陸し、リゾートサンダル、メキシカンサンダルとして人気を博しました。現在、このカラフルなワラチェが最先端のサーフファッションとして登場し、人気を集めています。

そして日本では、Crocsがワラチェをシリーズ化し販売し始めたことから、近頃注目を浴びるようになりました。

このワラチェ、もともとはメキシコ先住民のララムリ(タラウマラ族)という「世界一長い距離を走れる民族」がつかっているサンダルなのです。

 

世界一速く走る民族ララムリってどんな人?

42.195km以上を走るウルトラマラソンにおいて上位を独占したことで注目された人々です。

引用:ゴゴ通信

メキシコに住む22歳の先住民女性がサンダルを履きスカート姿で50kmの距離の山岳ウルトラマラソン大会に出場し優勝した。

4月29日に中部プエブラで開催されたウルトラトレイル セロロホマラソン女子部門に参加。この大会には世界から12ヵ国の参加者が集まっており約500人の選手が出場。その500人の選手を引き離しぶっちぎりの1位で優勝を果たした。

優勝した22歳の女性、ラミレスは北部チワワ州の先住民であり、誰の助けも借りずに大会に参加。専用のシューズや道具も使わずにサンダルを使用。サンダルはリサイクルタイヤのゴムで作られた物で周囲を更に驚かせた。

また女性はショートパンツではなく、長い丈のスカートを履き首にはスカーフを巻いた状態で参加。専門的な訓練も受けていないラミレスは山岳50kmを7時間3分で走破した。

 

もはや伝説過ぎるこの優勝。周りを見ればわかりますが、2位と3位はランニングシューズにスポーツウェアも着ていますが、優勝したラミレスはサンダルにスカート。それで50kmもメキシコの山を走るなんて…。すごすぎますよね。

このタラウマラ族は、現地語で「走る民族」という意味の「ララムリ」とも呼ばれており、あるウルトラマラソンで上位を独占した子ことから日本でも話題となり、ザ・世界仰天ニュースでも放送されました。

その放送の内容はこちらから

このような驚いた身体能力をもち、日本や世界から注目されたタラウマラ族とはどんな部族なのでしょう?

 

タラウマラ族は、16世紀のスペイン探検家の上陸により、山中に隠れ住むようになった民族の一つです。多くのタラフマラ族は伝統的な生活を続けており、小さな木や石の小屋だけでなく、洞窟や断崖の軒下のような自然のシェルターを利用し居住しています。主要な作物として、とうもろこしや豆など。しかしながら、多くのタラフマラ族は現在も移牧を続けており、牛、羊、ヤギなどを飼っている。ほとんどのタラフマラ族は、一年の内になんらかの形での移牧を行っており、主な収入源はこれらの農業によるもの、そしてマラソン大会での賞金。

引用:メキシコ雑貨店のブログ

また、そんな彼らが履いているのが、ワラッチなのです。

 

メキシコと日本のふか~い関係は400年以上前から!

引用:arturodiaz.net

意外にも日本とメキシコの関係は古く、日本とメキシコの関係は400年以上前から始まりました。

当時は、スペインがメキシコを統治していた時代、つまりメキシコはスペイン帝国領ヌエバ・エスパーニャ副王領の一部であったころのことです。

1609年にフィリピンからヌエバ・エスパーニャに向け航海していた、ロドリゴ・デ・ビベロ(メキシコ生まれのスペイン人貴族でフィリピン総督を務めていた)が、航海中に暴風に巻き込まれ、座礁・沈没して房総の御宿海岸(現在の千葉県御宿)に流れ着きました。

地元の漁師に助けられたロドリゴとその乗船員は、江戸でかの徳川家康と謁見し、幕府が用意した船でメキシコに帰国することができたのです。

この一件を機に、日本とメキシコの交流が始まり、1613年には家康の許可を得た伊達政宗がメキシコ・スペイン、ローマをめぐる使節団を送りました

使節団はまずメキシコを訪れ、それからヨーロッパに渡って、スペイン国王やローマ法王との会見を無事終える事ができました。しかし、その後日本は鎖国体制下に入り、スペインやメキシコとの関係が途絶してしまうことになりました。

鎖国が解かれた後の1874年、メキシコの科学者フランシスコ・ディアス・コバルビアスが金星の太陽面通過の観測のため日本を訪れ、同時に日墨間の外交関係が築かれた。そして、 1888年、駐米公使兼駐メキシコ公使の陸奥宗光と駐米メキシコ公使マティアス・ロメロ(英語版)は日墨修好通商条約を締結されます。

鎖国後の日本は幕末に開国してから諸外国と通商条約を結んでいましたが、それらはすべて日本側に不利な不平等条約でした。そんな中、明治に入ってから結んだ日墨修好通商条約が日本にとっての初めての平等条約だったのです。そして、メキシコにとってはアジアの国と初めて締結した条約でした。

 

ワラッチの語源は日本語?

そして、ワラッチという名称の語源は、一説には先程説明した慶長派欧使節の侍たちが履いていたワラジ(草鞋)だともいうのです。確かに、ワラッチはかかとの低いサンダルのようなものであり、わらじに似ています。

ほかに、プレペチャ族そしてタラスコ族の言葉「kwarachi」に由来するという説があり、どうやらそちらが有力、とのこと。

真偽のほどは定かではありませんが、もしワラッチの語源が日本のワラジだったというのが本当なら面白い話ですよね。そして、メキシコでずっと伝統が受け継がれているものが日本のワラジに起源をもつという説が出てくること自体、メキシコと日本の深い関係を表しているのかなと思い、ほっこりする今日の話題でした。

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