メキシコと豊臣秀吉の意外な関係。クエルナバカにある26聖人の殉教壁画に行こう!

メキシコのクエルナバカってどんなところ?

みなさん、クエルナバカをご存じですか?

モレーロス州の州都で、メキシコシティから約75km南に位置しています。

クエルナバカの平均気温は20度と高く「常夏の街」として知られており、富裕層の別荘地としても知られています。

クエルナバカ(cuernavaca)という名前の由来は、先住民のトラウイカ族の言語でクワウナワック(森の入り口という意味)がスペイン語のcuernavacaに似ているためそうなったと言われています。

スペイン人のエルナン・コルテスが街の中心に宮殿を構えてから、典型的なコロニアル都市として発展してきました。宮殿は現在博物館となっており、歴史についての展示や画家ディエゴ・リベラの壁画を見ることが出来ます。

他にも街中には他にも滝や庭園など見るべき場所がたくさんありますが、そのなかの一つが、クエルナバカのカテドラル(教会)

ここに日本と関係の深い壁画があるんです。今回はその壁画について紹介します。

カテドラル外観

豊臣秀吉が関係した「26聖人殉教」の壁画って?

クエルナバカのカテドラルにあります!

カテドラルの内部

まずはこのカテドラルについて。

街の中心部にあり、1529年にコルテスの命令で建造されました。アメリカ大陸最古の教会の一つでもあり、「ポポカテペトル山腹の16世紀初頭の修道院群」として世界遺産にも登録されています。

上の写真、あまり宗教施設のようにみえませんよね?

征服当初は先住民の反抗が激しく、スペイン人植民者はここに立てこもって応戦しました。

そのため防御力を高める必要があり、何度も増築されてこのような構造になったとされています。

このカテドラルの内部はこんな感じ。

そして左右の壁に今回ご紹介する「26聖人の殉教」を題材にした壁画があります。

26聖人殉教とは?

現在のメキシコにいる日系人とはまったく関わりがないのですが、メキシコ人(当時のニュースペイン)と日本人の最初の交流の一つをつづる貴重なものとして知られています。

それは1597年2月5日(慶長元年12月19日)におこった出来事のことを言います。

この日、豊臣秀吉の命令により、26人のカトリック信者が長崎で磔の刑に処されました。

日本でキリスト教の信仰を理由に、最高権力者の指示による処刑が行われたのはこれが初めてです。

秀吉は石田三成に命じ、京都に住むフランシスコ会員とキリスト教徒全員を捕縛して処刑するよう指示しました。捕らえられた人々は京都で耳たぶを切り落とされて市中引き回しとなり、その後大坂を経て長崎に送られました。

この事件の背景には、サン=フェリペ号事件と、それ以前からあった、秀吉は前々より都周辺での布教を自粛していたイエズス会に代わり、遅れて国内で布教し始めていたスペイン系の会派(他にアウグスティノ会など)の活動や宗派対立を嫌悪していたからとも言われています。

上の壁画は、捕らえられたキリスト教徒たちが京都から長崎に運ばれている場面のようです。

上部には「Emperador Taycosama mando martirizar por…(皇帝太閤さまが殉教を命じ)」と書かれています。

船で運ばれている様子
処刑の様子

二十六聖人の氏名

フランシスコ吉(きち)

コスメ竹屋

ペトロ助四郎(またはペドロ助四郎)

ミカエル小崎(またはミゲル小崎)

ディエゴ喜斎(時に、ヤコボ喜斎、市川喜佐衛門、備前屋喜左衛門とも称す)

パウロ三木

パウロ茨木

五島のヨハネ草庵(スペイン語版)(またはヨハネ五島)

ルドビコ茨木

長崎のアントニオ

ペトロ・バウチスタ

マルチノ・デ・ラ・アセンシオン

フェリペ・デ・ヘスス

ゴンザロ・ガルシア

フランシスコ・ブランコ

フランシスコ・デ・サン・ミゲル

マチアス

レオ烏丸

ボナベントゥラ

トマス小崎

ヨアキム榊原

医者のフランシスコ

トマス談義者

絹屋のヨハネ

ガブリエル

パウロ鈴木

日本で殉教したのはなんとメキシコ初の聖人だった…

殉教した26人の中に、メキシコ人初の聖人フェリペ・デ・ヘススがいた縁でこの壁画が描かれました。

彼は1572年に現在のメキシコシティに生まれ、洗礼を受けます。そしてフランシスコ会修練院に入り、後にマニラへと渡りました。

しかしマニラからメキシコへ帰るはずの船が座礁し、高知の桂浜に漂着

これをきっかけにして大坂や京都で布教活動を行いますが、上記のように捕らえられ、処刑されてしまったといいます。

プエブラの修道院にある、フェリペ・デ・ヘススの絵

殉教から265年後の1862年に、メキシコ人としては初の聖人に列せられます。

メキシコのカトリック教会は彼をメキシコシティとその大司教の守護神と考えており、現在でも毎年2月5日にミサが行われています。

カテドラルの説明書き。「側廊の壁画は、メキシコの聖人である聖フェリペ・デ・ヘススを描いている」とある。

豊臣秀吉による処刑が描かれた壁画について

カテドラル内部の左右の壁に、計3場面が描かれています。

この壁画、実は発見されたのは1959年。それまでは漆喰の下に眠っていました。

メキシコでは疫病が流行ると、まじないを公共の建物を漆喰で塗りつぶしていたため、この壁画も長いこと埋められていたようです。

壁画が描かれたのは18世紀前半とされています。

まだ解明されていない点が多く、誰が描いたのか、なぜクエルナバカのカテドラルに描かれたのかもわかっていません。また、カテドラル内部にも壁画の説明書きはありませんでした。

今後の調査に期待しましょう。

残念ながら、カテドラルに壁画の詳しい説明はありませんでした。
今後の調査に期待しましょう!

おわりに

いかがでしたか?

メキシコには有名な画家が描いた壁画がたくさんありますが、今回ご紹介したのはそれらとは少し違います。

外と交流の歴史は長いメキシコと日本。その歴史を学ぶのも楽しそうですよね。

メキシコシティからクエルナバカまでバスがでており、片道1時間半で値段は約150ペソ
日帰りで観光できる距離です。

⇨メキシコシティ発の高速バス情報はこちらから

「メキシコシティはほぼ観光し尽くした」「シティから少し遠出したい」という方、コロナウイルスがおちついたら、ぜひ訪れてみてください!


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