メキシコの大麻合法化がカルテル弱体化につながらないと言われる理由

前回の記事で、メキシコで嗜好用大麻の所持が合法化されるという内容の記事を書きました。

▼大麻の合法化の記事についてはこちらから▼

もちろんこの決定には賛成・反対とあったわけですが、その中でも反対派のほうが多かったようです。ニューヨークタイムズ社が行った世論調査では、国民の約3分の2がマリファナの合法化に反対しているとのデータもあります。

主に反対の理由として挙げられるのは下記の3つです。

  1. 利権をめぐり、腐敗がさらに拡大する恐れがある
  2. 子供によりわたりやすくなる。ほかの麻薬へ手を出すきっかけになる恐れがある
  3. 大麻を合法化しても麻薬カルテルは弱体化しない

というものです。確かに、どの意見も一理あるように思えます。

今回の記事では、反対理由の3つ目にあげられた、「大麻を合法化しても麻薬カルテルは経済的に打撃を受けない」という論についてどうなのか調べていきたいと思います。

実はコスパが悪い⁈大麻の製造について

近年麻薬カルテルの研究を進めてきた研究者たちが口にするのは、「少なくとも10年前から、マリファナの生産と密売は、メキシコの麻薬カルテルの主要ビジネスのひとつではなくなった」ということです。

どういうことでしょうか?これについてまず解説をしていきたいと思います。

まず、マリファナの生産についてですが、一般的に広大な土地と栽培のための時間、そしてかさばる製品を保管するための高いコスト、そして輸送にコストがかかります。

Netflixのnarcosなどのシーンでも、マリファナの製造シーンなどがありましたが、広い土地で栽培していることも思い出すとそのイメージが付きやすいかもしれません。

メキシコの麻薬政策を研究しているRIA研究所によると、同国のマリファナ生産量は年間15,000〜27,000トン。栽培面積は約114,000ヘクタールで、そのうち72%がシナロア州、チワワ州、ドゥランゴ州に挟まれたゴールデントライアングルと呼ばれる地域にあり、シナロアカルテルが実質的に支配している地域です。

マリファナの製品価格はいったいどれくらいなのでしょうか。マリファナ自体にもグレードがあり、それによってかなり異なってくるようです。

まず、高品質のマリファナ(1オンス)の平均価格を調べました。

興味深いことに、コロンビア特別区が大差をつけて最も高くなっています。平均価格が高いのは、コロンビア特別区(597.88ドル)、ノースダコタ州(383.60ドル)、バージニア州(364.89ドル)の3つ。これらは、マリファナの使用がある程度制限されている場所です。コロンビアでは購入が違法、ノースダコタでは医療用のみ合法、バージニアではいかなるレベルでも違法ではありません。

しかし、マリファナの価格が最も安い3つの州は、いずれも西部地域にあり、娯楽目的の使用が合法的に認められています。オレゴン州(210.75ドル)、ワシントン州(232.90ドル)、コロラド州(241.74ドル)である。全米平均は326.06ドルです。

このような価格帯で売られていますが、カルテルにとって、大麻の費用対効果は、他の違法薬物に比べて、米国や国内の消費者市場での市場価値が大きく低下しているようです。

麻薬カルテルのビジネスモデルの実態

以上のように、現在のメキシコの麻薬密売ビジネスにおいて、マリファナの栽培は比較的小さな部分にとどまり、カルテルはより収益性の高い製品に注力していると考えられています。

具体的に言うと、カルテルは、マリファナの生産・取引・販売を減少させた一方で、メタンフェタミン、シンプルヘロイン、フェンタニルを混ぜたヘロインの国内生産量をほぼ倍増させている一方で、コロンビア、ペルー、ボリビアで生産されたコカインの購入と取引を着実に増やしています。

これらの製品が増加している理由は、これらの医薬品は販売価格を製造、保管、輸送のコストと比較すると、大麻のそれよりも、より収益性の高いビジネスとなるからです。

裁判官、検察官、専門の捜査機関の国際的な基準によると、実際の薬物生産や密売の量を測る方法の一つとして、押収された量を参考にすることが挙げられています。

このベンチマークを考慮すると、国連薬物犯罪事務所の統計によると、過去10年間でメキシコにおけるマリファナの押収量は激減しています。

それでは、押収された数量を比較してみてみましょう。

余談ですが、専門家によると、押収された薬物の量は、実際の生産量や密売量の10~15%に相当するそうです。

大麻の押収量は激減、他の麻薬の数量が増えている

それでは、大麻とそれ以外の麻薬(主にヘロイン)の押収量を比較してみましょう。

年数  大麻   ヘロイン メタンフェタミンコカイン
2010年230万キロ374キロ12,000キロ9,800キロ
2015年120万キロ
2018年23万キロ492キロ33,000キロ16,400キロ

2010年、メキシコでは230万キロのマリファナが押収されました。2015年には120万キロとほぼ半分になりました。そして、国連が検証した最新の数字である2018年の押収量は、わずか23万キロでした。

一方、メタンフェタミンやヘロインは、生産量や取引量の増加に伴い、押収量が増加しています。

2010年にメキシコで押収されたメタンフェタミンは1万2千キロでしたが、2018年には2倍以上の3万3千キロになりました。2010年には374キロのヘロインが押収されたのに対し、2018年には492キロのヘロインが押収されました。

メキシコでは生産されていないという予測ですが、メキシコのカルテルによって主に米国、欧州、アジア、アフリカ、オセアニアに密売されているコカインについては、2010年にメキシコで9,800キロが押収され、2018年には16,400キロが押収されたそうです。

メキシコ・カルテルの主な市場である米国の最終消費者に対するマリファナ1グラムの価格は平均7.82ドルであるのに対し、ヘロインは1グラムで300ドルメタンフェタミンは1グラムで80ドルコカインは120ドルもするため、生産量が少なくて済む分、保管や輸送のためのスペースが少なくて済み、1グラムあたりの利益が大きくなるという点で、マリファナの生産と販売はより有益であると考えられます。

年数  大麻   ヘロイン メタンフェタミン  コカイン 
2010年179億ドル1.1億ドル9.6億ドル11億ドル
2015年93億ドル
2018年1.7億ドル1.4億ドル26億ドル19億ドル
参考文献:https://www.rehabcenter.net/the-average-cost-of-illegal-drugs-on-the-street/

金額ベースで見てみると、大麻は減少傾向にある中、他の収益性の高い麻薬は増えていることが分かります。

この新法の意義は何なのか?

では、メキシコでマリファナ生産チェーンが合法化されても、カルテルの財政には実質的な影響はなく、したがってカルテル間の激しい競争や、それが生み出す暴力にも影響しないことが明らかな場合、この新法はどのような意義をもつのでしょうか。

今回の合法化に伴って、消費者の増加によって利益を得るのは、自己消費や販売を目的とした合法的な生産者だけではなく、もちろん違法な生産者も含まれます。

このシナリオに加えて、許可やライセンスの付与、およびそれらが法律に準拠しているかどうかを確認するプロセスにおいて、汚職の機会が新たに発生する可能性があります。

このように批判的な面もあわせもつ本案ですが、今回の意義は、マリファナが違法な中でここまで出回ってしまう状況を鑑みて、それを正規雇用と税収につなげる事なのではないでしょうか。よく大麻の効果を酒やアルコールと比べることも多いですが、メキシコ政府にとっては、同じくらいの中毒性のあるものという認識に移行していると思われます。

先に述べたように、麻薬カルテルは現実的で、経済的利益を第一に考えます。そんな中で大麻を生産し続けることはかれらにとって利益はより少なくなっていくでしょう。これにより、麻薬カルテルの領域を狭めることも可能になることもメリットの一つです。

しかし、諸刃の剣であるこの法案、メキシコ政府がこれからどうこの法案を用いて政治をさばいていくか、手腕が問われると思います。

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渡邉海也
メキシコシティに留学をしていましたカイヤと申します。スペイン語、アグリビジネス、移民問題をUNAMで学び、空手をメキシコでも稽古をし国際交流、そしてPinbox S.A. de C.V. でインターンという三本立てで生活をしていました。メキシコ滞在を通して感じたことを皆様にシェアできたらと思います。よろしくお願いします!