【日本に似てる?】メキシコの文明・アステカ帝国ってどんなところ?【歴史・観光・教育・食文化・本】

皆さん、メキシコの文明と言ったら何を思い浮かべますか?

マヤ文明が一番有名でしょうか。
一時期マヤの予言で2012年に人類が滅亡するって騒いでいる人もいましたね。

もちろん、現在私たちは生活しているので、この予言は的中していません。

この話だけ聞くと、「メキシコの文明って怪しい」とか思ってしまう人もいるかもしれませんが、周りの人が騒いでいるだけなので安心してください!

新たに一つメキシコの文明を知っていただきたいと思ってマヤ以外のものを取り上げていきます!

そこで今回は現在のメキシコに位置していたアステカ文明を簡単に紹介していきたいと思います!

アステカ文明ってどんな文明?

「文明」ってつくとインダス文明、エジプト文明などの世界四大文明のような古代のものを連想すると思いますが、アステカ文明(帝国)は1428年頃〜1521年に栄えた文明です。

意外と新しい!と感じた方もいるのではないでしょうか??スペイン侵攻を受けた文明がこのアステカ文明なのです。

ちなみに最も繁栄していた時代にどれくらい支配を広げていたかを下の地図で確認してみてください。

衝撃的な広さではありませんか?!
今のメキシコの州をいくつもまたいで統治されていました。強大さを感じますね。

アステカ帝国の繁栄

メシカ族は1325年にテノチティトランを建設しました。
ちなみになぜテノチティトランだったかというと、そこに湖の中央の岩に生えるサボテンに蛇をくわえた鷲がとまっていたからです。

現在の国旗にもなっていますが、「湖の中央の岩に生えるサボテンに蛇をくわえた鷲がとまっている」図は、アステカ神話にあった「そこに首都を創設せよ」という予言を示していました。

メキシコ, 国旗

1428年にメシコ=テノチティトラン、テスココ、タクバが三国同盟を組み、これがいわゆるアステカ帝国と呼ばれるものになりました。

ここから徐々に範囲を広げていきましたが、詳細は省略します。

アステカ帝国の滅亡

アステカは1521年に滅亡しました。

それでは1521年に何があったのでしょうか。

その年から少し遡ると、スペイン人の探検隊がユカタン半島やカンペチェに到達しました。エルナン・コルテスというスペイン人の名前は聞いたことあると思います。その一団です。

海岸部からどんどん内陸に進み、やがてアステカ支配下に不満を持ったトラスカラ族と同盟を結んで、アステカと戦っていきます。

そして1521年にコルテスらによってテノチティトランが包囲され、クアウテモクも捕縛されました。

三国同盟を征服するにあたって、スペイン人たちの技術なども重要であったが、同時にこれは味方した数多くの部族の勝利であったとも言われています。

ここが気になるアステカ文明

〜メキシコ全土で象徴的な神〜 ケツァルコアトル

アステカ文明の象徴的な神です。
大自然の神・王の称号・軍事・祭司王など複雑な信仰を集めていました。

伝説内では生贄を嫌っていたと言われていますが、実際はアステカ人はこの神に生贄を捧げ続けたようです。

ケツァルコアトルの名前の由来は「羽毛を持つ蛇」で、アステカ文明以外でも遺跡などで見ることができます。広く信仰されていたのがわかりますね。

実はマヤ文明でも同じ神を信仰しているのですが、名前はククルカンに変わります。

〜国立人類学博物館で展示〜 太陽の石

直径3.6mの円盤には中央の神の周りにモチーフが描かれています。

カレンダーと呼ばれることがありますが、完全な暦の機能は果たしていないようです。

中央の顔は大地の神トラルテクートリ、太陽、もしくはモクテスマ二世などあらゆる説があると言われています。

その中心を太陽神とすると、その周りにある4つの四角形に囲まれた紋様は、宇宙が今まで経た4つの時代を表しています。時代が変わるごとに太陽は滅び、そのたびに新しい太陽が生まれました。アステカによると、現在は5番目の太陽神トナティウの時代であると言われています

メキシコシティの国立人類学博物館で展示を見ることができます!

国立人類学博物館の基本情報
  • 住所: Bosque de Chapultepec I Secc, Miguel Hidalgo, 11100 Ciudad de México, CDMX
  • 開館時間: 火~日9:00~18:00
  • アクセス:メトロ駅Auditorioから歩いて7分
  • メキシコシティ中心部からの所要時間:10分ほど
  • 料金:59メキシコペソ

アステカ文化は日本に似てる?

アステカの文化は実は日本に似ていると言われています。

子供は年長者を敬い、神々を崇拝し、従順で礼儀正しく活動をするように育てられます。

日本にも神が多くいるように、アステカも一神教ではなく、自然の神が多くいました。日本が自然との調和で注目されている中で、現在のメキシコも自然に対する考えは西洋と異なっているのかは気になりますね!

また、西洋のような個人主義ではなく、家族や学校を重んじていました。

スペインから影響を受けるまでは似たような思想だったのかもしれません!もしかしたら今もその流れが多少あるのかもしれませんね。

というのも、オクタビオ・パスは東洋人もメキシコ人同様、閉鎖的で不可解であると記述しています。上の記述と閉鎖的が繋がるかは分かりませんが、海外を経験した偉大な作家が似ていると記述しているのは非常に面白いですね!

アステカ文明の教育は?

学校は二種類あり、どちらも男女別でした。

「テルポチカリ」は平民の教育をする場所で、子供たちは宗教・道徳・歴史・儀礼の踊りと歌・修辞学などを修めていました。

男は軍事訓練、女は宗教祭儀について学びました。

「カルメカク」は貴族の子弟などを集め、指導する立場に立つように教育しました。

とても厳しく指導され、禁欲生活などを課されていました。

この二つの学校から、やはりアステカには宗教が強く関わっていたことが分かります。

また、アステカでは主に口頭で活動が行われていたため、教育はここにも重きを置いていたようです。
つまり教育のある人間は、表現や演説が達者で、儀礼を遵守できる人間だと考えられていました。

アステカ文明の食生活

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: micheile-henderson-1zyj8nOdwPs-unsplash.jpg

アステカ人の主要な食料はトウモロコシで、トルティーヤやタマルを作っていました。

他には豆をタンパク源とし、唐辛子を使って香りを楽しんでいました。

さらに、かぼちゃ、さつまいも、玉ねぎ、ポップコーン、ガムなども食生活の重要な部分だったようです。

現在のメキシコの食生活と比較しても、スペイン人が征服してからも、この時の習慣はまだ受け継がれていると感じます!

また、スパイスをすり潰すために使われていたモルカヘテは現在もメキシコの家庭に置いてあり、レストランなどでは容器として使われることもあります!

現代でも感じる!アステカ文明の遺跡や観光地をご紹介

〜トラテロルコ遺跡・サンティアゴ教会を見ることができる〜 三文化広場

こちらはメキシコシティにある三文化広場です。

三文化広場の三文化とは、現代的な高層団地・アステカ帝国時代のトラテロルコ遺跡・カトリックのサンティアゴ教会が広場を取り囲むように建っているためこのように呼ばれています。

トラテロルコはアステカ帝国時代、商業都市であったと言われています。スペイン人のコルテスらによる征服後、遺跡は取り壊されその廃墟の石像を使ってサンティアゴ教会が建てられました。

実はそんなトラテロルコ、虐殺事件が起こった場所でもあったのはご存知でしたか?

▼トラテロルコ事件についてはこちらから▼

三文化広場の基本情報
  • 住所: Eje Central Lázaro Cárdenas S/N, Tlatelolco, Cuauhtémoc, 06900 Ciudad de México, CDMX, メキシコ
  • 開館時間: 8:00~18:00
  • アクセス:地下鉄 トラテロルコ駅から徒歩10分。
  • メキシコシティ中心部からの所要時間:20分
  • 料金:無料

〜アステカ遺跡の展示〜 テンプロ・マヨール

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: templomayor.jpg

テンプロマヨールの歴史的意義は、ソカロが、かのアステカ帝国の首都、ティノチティトランの中央神殿であることが分かったことです。

1913年、カテドラルの裏側でアステカ遺跡の一部とみられる部分へと続く近道が発見され、その中から多くの石板が見つかり、これにより発掘が始まり多くの事が分かってきました。

テンプロマヨールはその発掘現場を見学することができます。また、テンプロマヨールの敷地内にはテンプロマヨールの博物館があり、発掘されたものが展示されています。

テンプロマヨールの基本情報
  • 住所: Seminario 8, Centro Histórico de la Cdad. de México, Centro, Cuauhtémoc, 06060 Ciudad de México, CDMX, メキシコ
  • 開館時間: 9:00~17:00
  • アクセス:地下鉄 ソカロ(ZOCALO)駅から徒歩1分。
  • メキシコシティ中心部からの所要時間:0分
  • 料金:59メキシコペソ

〜アステカ帝国の名残〜 ソチミルコ

ソチミルコは政界遺産にも登録されており、「アステカ帝国」の首都であるティノチティトランの名残と言われる場所です。

スペイン人たちが埋め立てるまではメキシコシティは湖に囲まれていました。
ティノチティトランの頃に存在した湖が残っている場所が現在のソチミルコです!

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: 3237779333_b815397a09_o-1024x683.jpg

ソチミルコでは、トラヒネラという小船に乗って時間を過ごすことができます。船は人力で進む船で、船乗りが竿を運河の底にさし、進んだり方向を変えたりすることができます。

また、ソチミルコの近くには人形島があるのでそちらも興味のある方はぜひこの記事もご覧ください。

ソチミルコの基本情報
  • 住所: Calle del Mercado S/N, Xaltocan, Xochimilco, 16090 Ciudad de México, CDMX, メキシコ
  • 開館時間: 9:00~
  • アクセス:タクシー、またはTren ligeroのソチミルコ駅より徒歩10分
  • メキシコシティ中心部からの所要時間:90分
  • 料金:トラヒネラ船によって差異あり

アステカ文明にさらに詳しくなるには

今日はアステカ文明について、本当に簡単に紹介しただけです。

まだまだ気になる!という方にオススメの本をいくつか紹介したいと思います。

古代マヤ・アステカ不可思議大全

こちらの本はマヤとアステカについて書かれた本です。

この本の特徴はなんといっても漫画のような作りで手書きなところです!

各文明の特徴がとてもポップにかつ詳しく描かれています。
絵が多くて非常にわかりやすいです。

遺跡観光の前などにぜひ読んでみて欲しいです。
遺跡の見た目だけを楽しむよりも歴史を知っている方が楽しめますよね!

長い歴史の本などが苦手な方、まずは手軽に知りたい方には非常にオススメです!

アステカ王国 文明の死と再生

こちらは知の再発見シリーズで、アステカ王国について書かれた本です!

アステカ王国の三国同盟から滅亡、そして現代に至るまで通史でアステカや先住民について書かれています。

カラーの絵がかなり多く使われているので、イメージしやすいと思います!

アステカ文明の流れを詳しく知りたい方にオススメです!

 

ちなみにこの知の再発見シリーズはあらゆる分野に関する本が出版されていて、非常に勉強になるので気になるジャンルがあればぜひ他の本も読んでみてください!

まとめ

いかがだったでしょうか。

自分は専門家ではないので、アステカ文明について簡単に表面をさらっただけなのですが、少しでも理解して興味を持ってもらえたら幸いです!

メキシコについて詳しくなるための本も紹介しています。ぜひご覧ください!

DELE用に全レベルの参考書・文法書・単語帳をまとめた記事があるのでぜひこちらからご覧ください!!

こちらではメキシコ文学ランキングを紹介しています!

参考文献

『図説 アステカ文明』リチャード・タウンゼント、創元社、2004

『アステカ王国 文明の死と再生』セルジュ・グリュジンスキ、創元社、1992

是非メヒナビの記事のシェアをお願いします!▼

メキシコで働きませんか?

スペイン語を生かしたい…。今いる環境から一歩踏み出したいと考えているあなた。是非メキシコで働きませんか?

メヒナビでは現地の求人情報をお伝えしております。お問い合わせ、紹介はすべて無料。

まずはお気軽にお問い合わせを!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です