【9/17更新】新型コロナ情報|メキシコシティとグアナファト州の信号まとめ

【保存版】死ぬまでに行きたい!メキシコの世界遺産を一挙大公開!

9月のメキシコの新型コロナの状況

メキシコの新型コロナウイルスの最新情報を掲載しております。2020年9月16日現在、感染者は680,931人に上り、国内全土で感染が拡大しております。

▼9月の経済活動再開の指針は?▼

今週より「黄色」信号の州が増えました。詳しくは、「メキシコのコロナウイルス感染者数と対策まとめ」の記事をご覧ください。

【新型コロナ】9月14日~9月20日の信号情報|州ごとの感染者数、メキシコシティとグアナファト対応のまとめ

ビーチリゾートで有名なカンクンや、チチェン・イッツァ、太陽のピラミッドなどで知られるメキシコ。

実は34件もの世界遺産があることをご存知でしたか?(2020年1月現在。)

古代文明だけではなく、文化までも垣間見ることができるメキシコの世界遺産の数々。カラフルな街並みや美しいコロニアル都市も見逃せません。

超有名な古代文明の遺跡から、「え?これも世界遺産!?」と驚くような場所まで。 そこで今回はメキシコにある全遺産を徹底解説しちゃいます!

UNESCOとその関連機関が定める世界遺産には 、

建築物や遺跡がメインの文化遺産

地球の生成や生態系の進化を示す自然遺産

文化と自然、両方の特徴を持つ複合遺産

の3種類があります!

~目次~

メキシコの世界遺産をすべてご紹介!

1. チチェン・イッツァの古代遺跡 (1988年登録・文化遺産)

photo of monument during daytime
Photo by Alex Azabache on Pexels.com

ユカタン半島北部にあるこの遺跡は10~12世紀に栄えた、マヤ文明・トルテカ文明の2つが見事に融合した都市遺跡です。

マヤの言葉でチチェンは「泉のほとり」、イツァは「魔術師」を意味するそう。

1885年にこの地を購入した、アメリカ人アマチュア考古学者トンプソンが20世紀初頭、敷地内のセノーテを中心に調査してみたら色々な財宝が見つかったそうな。

第二次世界大戦後にはメキシコ政府の管轄下に入り、現在ではUNAM(メキシコ国立自治大学)の研究チームが発掘調査を行っています。

遺跡内の建築物は作られた時代によって、大きく2分されます。

10世紀以前に作られた『旧チチェン』の建物で代表的なのは『カラコル』。切石を積み上げ、モザイクの文様を彫ったマヤの建築様式、プウク様式が特徴的。

El Caracol, The Observatory, Chichén Itzá
古代の天体観測所として建てられたカラコル。
円刑の塔の窓には、夏至と冬至の日だけ日が差し込みます

10世紀以後に作られた『新チチェン』の代表的な建物は『エル・カスティーリョ』。

こちらは9層のピラミッドで、四方から伸びる91段の階段+最上部の1段で1年を(91×4+1=365日)、52のレリーフでマヤの暦を表現しているそうな。最上部には文化や農耕の神、ククルカンを祀る神殿が建てられています。

天文学に長けていたという、マヤ族の本気を垣間見ることが出来る遺跡です。

2. ウシュマルの古代遺跡 (1996年登録・文化遺産)

メキシコの世界遺産ウシュマル遺跡

こちらも7~10世紀、マヤ文明の後期に政治・経済の中心として発展した都市遺跡です。

最盛期には約25,000人がここに居住していました。

『ウシュマル』とは、古代マヤの言葉で「3度に渡って建てられた街」という意味です。チチェン・イツァでも見られる、プウク様式が特徴的な建築物が集まっています。

その中でも特に『魔法使いのピラミッド』は超有名。

魔法使いの老婆が温めた卵から生まれた小人が、たった一晩のうちにこのピラミッドを作り上げたという伝説が語り継がれています。

3. シアン・カーン自然保護区 (1987年登録・自然遺産)

Sian Ka'an Biosphere Reserve

湿地帯やサンゴ礁、マングローブが並ぶ保護区で、広さは何と東京都の2倍以上!

保護区内には川がなく、セノーテが重要な水源となっているそう。

保護区内では「幻の鳥」ケツァルやマナティなどの動物、数千を超える蝶や約1,200種に及ぶ植生を観察する事が出来、エコツアーも行われています。シュノーケルや川下りも体験できる、テーマパークのような世界遺産です。

セノーテ(Cenote)とは、石灰岩地帯の鍾乳洞に地下水が溜まって出来た、小さな湖のようなもの。
ユカタン半島の観光スポットとしても有名だよ!

4. カラクムルの古代マヤ都市と熱帯雨林群

ユカタン半島の付け根、カンペチェ州にある古代マヤの遺跡

その規模はグアテマラにあるマヤ文明最大の遺跡、ティカルと同じ位と言われています。

紀元前4世紀から10世紀にかけて、「蛇(カーン)王朝」と呼ばれる、蛇の紋章文字をもつ国の首都としての機能を果たしてきたこの場所。1994年からはUNAMの研究者達が、大規模な調査プロジェクトを実施しています。

その一方で、遺跡を囲むジャングル地帯は自然保護区に指定されていて、ジャガーやピューマを含む多くの動植物が生息しています。

2002年に文化遺産として登録を受けた後、2014年に登録範囲を拡大しメキシコで唯一の複合遺産として再登録されました。

▼カラクムル遺跡についての体験レビューはこちらから▼

古代マヤ都市のカラクムル遺跡とは?おすすめの楽しみ方と行き方をご紹介!

5. 歴史的要塞都市カンペチェ (1999年登録・文化遺産)

夜景の美しいカンペチェの市街地。

ユカタン半島南西部、メキシコ湾岸にある都市カンペチェ。

元々はマヤの古代都市「カンペチュ」でしたが、16世紀にスペイン人が入植すると元々あった都の上に街が築かれ、本国と植民地間の貿易を支える港街として発展していきました。

17世紀には植民地中から街に集まってくる富を狙って、海賊が近海域を襲撃するように。

街を囲む高さ8m、全長2kmもの大きさを誇る要塞は、港や居住区を守るために建設されました。要塞の一部は、当時の船舶や武器を集めた博物館として現在も使用されています。

6. トラコタルパンの歴史地区 (1998年登録・文化遺産)

街のポップな色遣いは、カリブ海の島国を彷彿とさせます。

メキシコ南部、ベラクルス州の南部にあるトラコタルパン。皆さんはトラコタルパンという場所をご存知でしょうか。

17~18世紀に、内陸部の都市とメキシコ湾岸の地域の中継地点として栄えた都市です。

街の名前は、先住民の言語で「水に囲まれた土地」を意味するそうな。

1790年に大火事が発生してから、街では防災対策として沢山のヤシの木が植えられてきました。

古くから残存する色とりどりなコロニアル調の町並みも相まって、トロピカルな雰囲気のある世界遺産です。

7. パレンケの古代遺跡と国立公園 (1987年登録・文化遺産)

チアパス州にあるパレンケは、中米で初めて見つかった「ピラミッドの下に墓がある」マヤ文明の遺跡です。

4世紀頃から建設が進み、6~8世紀には最盛期を迎えたこの都市。10世紀頃に廃墟となってからは、1940年代まで密林の中に隠されていました。

「マヤ文明のピラミッド=神殿」という仮設を打ち崩したピラミッドに埋葬されていたのは、7世紀頃この都市に君臨していた王、パカルだと言われています。

遺骨と共に石棺に納められていた翡翠の仮面は、現在はメキシコシティの国立人類学博物館に展示されています。

パレンケの仮面
この仮面、国立人類学博物館を訪れたことのある人は、一度は目にした事があるはず。

8. オアハカ歴史地区とモンテ・アルバン (1987年登録・文化遺産)

山の上に立つモンテ・アルバンからは、オアハカの盆地を見渡すことが出来ます。

こちらの記事で紹介したオアハカ市内と、遺跡モンテ・アルバンも実は世界遺産。

1521年に植民都市として建設が始まり、古くはAntequera(アンテケラ)と呼ばれていました。

現在の名称オアハカは、ナワトル語で「アカシアの木がある場所」という意味の語が訛ったもの。

街のシンボル、サント・ドミンゴ教会は1571年から150年以上の年月をかけて建設されました。

一方のモンテ・アルバンは紀元前500年頃から、サポテコ族によって祭祀センターとして使用されていた場所で、その後同地を侵略したミシュテコ族は墓所としてこの遺跡を使っていました。

9. ヤグルとミトラの先史洞窟 (2010年登録・文化遺産)

ヤグルとミトラは、オアハカ市内から車で1時間ほどのトラコルーラ盆地にある洞窟遺跡。

ミトラは、モンテ・アルバンの最盛期にあたる紀元300~400年ころにサポテカ族により建設が始まったといわれています。

先史時代の洞窟と岩穴式住居群が点在し、狩猟民族が農耕民族となっていく過程を描いた壁画なども残されています。

洞窟からはヒョウタンやカボチャ等の植物を栽培・収集した跡や、メキシコ初のトウモロコシ栽培の証拠が見つかっています。調査の結果、遺されていた種子が紀元前8000頃のものだと分かり、北米の植物栽培の起源の地として重要視されるようになりました。

10. プエブラ歴史地区 (1987年登録・文化遺産)

メキシコシティから車で3時間、ポポカテペトル山麓の中腹(約2,100m)に位置するプエブラ。

1521年にスペイン人入植者によって築かれたこの街は、植民時代からの首都メキシコシティとカリブ海岸にある港町とを繋ぐ中継地点として、重要な役割を果たしてきました。

街の中心地に築かれたロサリオの聖母礼拝堂(Capilla de Nuestra Señora de Rosario)は、メキシコに築かれたバロック建築の傑作だと言われています。

バロック建築とは、14世紀終盤にヨーロッパで生まれた建築様式だよ!
過剰な装飾や陰影の強調、アーチや曲線の多用が特徴なんだ。メキシコ国内だと、メキシコシティのカテドラルやオアハカのサント・ドミンゴ教会なんかが同じくバロック様式の建築物だよ!

プエブラは美食の街・「タラベラ焼き」の街としても有名です。

食べ物では唐辛子やナッツ、野菜などを煮てすり潰したソース「モレ・ポブラーノ」が名物料理。
「タラベラ焼き」はスペインの青い素焼きタイル、アズレージョに起源を持つ陶器で、鮮やかで細かな彩色が特に女性からの人気を集めています。

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白ゴマがかかっているのが、モレ・ポブラーノの特徴

11. ポポカテペトル山麓の16世紀初頭の修道院群 (1994年登録・文化遺産)

プエブラのあるポポカテぺトル山麓には、スペインによるアステカ帝国征服以降、先住民族をキリスト教徒に改宗させるため、多くのカトリック修道士がやって来ました。

彼らは野外で宗教儀式を行う先住民族の習慣に倣い、キリスト教の儀式も野外で実施できるようパティオが付いた修道院を設置したそうな。

メキシコ独立後は国に接収されて、病院や学校等他の用途でも使用されていました。現在、遺産登録されている14の修道院の内、10軒が宗教施設としての機能を果たしています。

▼ポポカテペトル山についての記事はこちら▼

メキシコのポポカテペトル火山はUFO観測の聖地。ポポカテペトルの悲しい都市伝説をご紹介

12. ソチカルコの古代遺跡地帯 (1999年登録・文化遺産)

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タルー・タブレロ様式で建てられたことが良く分かる建造物。

メキシコシティから車で1~2時間ほどの街、クエルナバカにあるソチカルコの古代遺跡。

650~900年頃に栄えたこの街は、代表的な建造物である神殿が華やかに装飾されていたことから、ナワトル語で「花々のある所」という意味の名を付けられました。

多くの建造物は、メキシコシティ近郊にあるテオティワカン遺跡と同じタルー・タブレロ様式で建てられています。
また建物の装飾やそのモチーフには、アステカ帝国を築いた民族やマヤ、サポテコなど様々な民族の特徴が見られるといわれています。

タルー・タブレロ様式とは、テオティワカン遺跡の「太陽のピラミッド」などでも見られる建築様式だよ。
「タルー」と呼ばれる斜めの石壁と、「タブレロ」と呼ばれる垂直な石壁を交互に積み上げていくんだ。

13. メキシコシティ歴史地区とソチミルコ (1987年登録・文化遺産)

ソカロに隣接する、メキシコシティの大聖堂。

言わずと知れたメキシコの首都、メキシコシティ。現在では約2,000万人が暮らす、ラテンアメリカ屈指の大都市となりました。

そんなメキシコシティ、古くはアステカ帝国の都で「石のように硬いサボテン」を意味する「テノチティトラン」と呼ばれていました。

元々はテスココ湖に浮かぶ島だったテノチティトランですが、アステカ族による沼地の干拓が行われ、14世紀前半に建設が始まったと言われています。

1521年、スペイン人征服者コルテスがアステカ帝国を滅ぼすと、彼は帝国の遺構を破壊。
更地になった都市の上に「ソカロ」と呼ばれる広場を中心に、現在の歴史地区で見られる碁盤の目状の都市を建設していきました。

現在歴史地区に残る、国立宮殿(Palacio Nacional)やカテドラルは18世紀頃までに完成したもので、コロニアル、バロックなど多様な建築様式が混在して建てられています。

メキシコの国旗に描かれた『蛇を加えた鷲のモチーフ』の起源は、テノチティトラン創設の物語にあるんだ。

アステカ神話の太陽神、ウィツィロポチトリが下した「蛇を加えた鷲が、サボテンの上に止まっている場所に都市を築け」という神託に従って、テノチティトランは築かれたんだよ!

アステカ帝国の遺構はもう残されていないと考えられていましたが・・・。

1978年にカテドラルの北東側で地下鉄の工事を行っていたところ、なんとアステカ時代の石版が発掘されました。同地は現在『テンプロ・マヨール』として保存・調査が進められています。

歴史地区と一緒に登録されているのは「花野の土地」を意味するソチミルコ。

浮島の間を繋ぐ運河が多い町として知られ、週末はメキシコシティ民の憩いの場となっています。

運河にはカラフルに装飾された船の数々が。
お祭りがある時は、装飾が更にレベルアップします。

元々は『チナンパ』と呼ばれる、芦を積み重ねた土台の上に、沼底の泥や都市作りで出た有機廃棄物などを重ねて作った農業用の小島として成立したソチミルコ。

アステカの時代から、大都市の胃袋を支える農業地帯として機能していました。

▼メキシコシティのインスタ映えスポットの記事はこちら▼

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14. メキシコ国立自治大学(UNAM)のキャンパス (2007年登録・文化遺産)

多くの日本人留学生が学部、あるいはCEPE(言語学校)に留学するメキシコ国立自治大学、通称UNAM(ウナム)。

その歴史は古く、1551年に開学された王立メキシコ大学が起源とされています。現在の中央都市キャンパス(Ciudad Universitaria)が建設されたのは、1949~1952年にかけての事です。

1968年のオリンピック開催に向けて建てられたスタジアムや、博物館・図書館、スーパーマーケットや映画館まで備わった大学都市の中にはバスが運行している程。

また、同時期に隆盛を極めていた「メキシコ壁画運動」の作品を有する建築物も有名。

例を挙げればキリがないのですが、

  • オゴルマンが手掛けたモザイク絵画で飾られた「中央図書館」
  • シケイロスが描いた「民衆から大学へ、大学から民衆へ」
  • リベラが手掛けた「オリンピック・スタジアム入口」

等は特に広く知られています。

▼メキシコ国立自治大学の記事はこちら▼

メキシコ国立自治大学(UNAM)を完全解説!メキシコ最高峰の大学に留学をしよう

15. ルイス・バラガン邸と仕事場 (2004年登録・文化遺産)

ビビットな色遣いと、柱の間から漏れる光とその影が印象的な廊下。

20世紀メキシコを代表する著名な建築家、ルイス・バラガン。

彼が1948年から1998年に亡くなるまで実際に暮らしていた住居が、遺産として登録されています。

彼の作品はメキシコの強い日差しを計算に入れて設計され、庭園に溶岩やメキシコ独自の植物を取り入れたり、水を張ったユニークな空間がある事で有名です。

しかも、彼の建築技術は独学だったと言うから驚き!

彼が住居兼アトリエとしていたこの遺産も、ビビットな色遣いや水面を鏡のように使った空間、光と影のコントラストが特徴的です。

▼ルイス・バラガン邸の予約方法はこちら▼

【世界遺産】おすすめ幻の建築家―ルイスバラガン邸に行こう!予約方法から行き方まで

16. テオティワカンの古代都市 (1987年登録・文化遺産)

2つある遺跡の入り口の1つから入場すると…。
目の前に『太陽のピラミッド』が!

メキシコシティからバスで約1時間、メキシコ旅行者ならきっと1度は訪れるであろうテオティワカン遺跡。

2~8世紀に栄えた都市の遺構ですが、未だにどの民族がこの都市を築いたのかはハッキリしていません。

『テオティワカン』という名を付けたのは、14世紀に廃墟となっていたこの土地に足を踏み入れ、後にアステカ帝国を築くメシーカ人。

彼らは廃墟を、神々が集まって月と太陽を造った聖地と捉えていました。

最も有名な建築物は、対になって作られた『太陽のピラミッド』と『月のピラミッド』…ですが、どのような用途で使われていた建物なのかは分からないんだとか。

『太陽のピラミッド』は、夏至の日に太陽が目の前に沈むように星の軌道を計算して作られたと言われており、この建物を設計した民族の豊富な天文知識が窺えます。

▼テオティワカンの日帰り観光について▼

【完全攻略】テオティワカンを日帰り観光!行き方や隠れ家の洞窟レストランについても。

17. パドレ・テンブレケ水利施設の水道橋 (2015年登録・文化遺産)

水道橋を中心とした水利システムには、貯水池や貯水タンクまで設けられていました。

1555年から1572年にかけて、メキシコ州からイダルゴ州に跨って築かれた約48Kmに渡る水道橋。

名前の『パドレ・テンブレケ』は、地元の先住民共同体の協力を得てこの水道橋を作った修道士にちなんで付けられました。

ローマ時代のヨーロッパで確立された水道橋の建築技術と、材料となった日干しレンガを作るメキシコの技術が融合して造られた建造物です。

18. オオカバマダラ蝶生物園保存地域 (2008年登録・自然遺産)

オオカバマダラは、オレンジ色に黒の文様が入った羽を持つ蝶の一種。

冬になるとカナダやカリフォルニア州からメキシコ中部へ、『渡り鳥』ならぬ『渡り蝶』をする事で知られています。
小さな身体の中には、磁気のコンパスが内在されているんだとか。

年によっては10億羽を超える蝶がやって来るというこの保護地域。
森林地帯には枝に蝶がビッシリと止まり、蝶の重みで枝が折れることもあるんだとか。

日本人に馴染みの深いこの都市も世界遺産!

日本企業の自動車やその関連工場、物流倉庫等の建設が進んでいるメキシコ高原中央部。
日本人に馴染みの深い街も多くありますよね。
古くからメキシコの銀生産や、キリスト教伝道の中心地として栄えたこれらの都市の多くも世界遺産に登録されていますよ!

19. グアナファトの歴史地区と鉱山

16世紀半ばに銀山が見つかったことで栄えた都市、グアナファト。

18世紀には世界の1/4の銀を産出し、莫大な富と共に街は発展していきました。現在でも、鉱山跡は地下道として利用されています。

また、1810年のメキシコ独立戦争に繋がる、反乱軍の蜂起が勃発したのもこのグアナファトの近郊の街、ドローレスでした。

9月16日のメキシコ独立記念日には、当時の様子を再現し『¡Viva México!(メキシコ万歳!)』の叫び声を挙げて祝います。

現在のグアナファトは、カラフルな町並みの連なる風景で有名。

また、日本人留学生も多いグアナファト大学やフアレス劇場などを中心に、学芸都市としても知られています。

毎年10月にはCervantino(セルバンティーノ)と呼ばれる、芸術と文化の祭典が行われています。

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20. ケレタロの歴史地区 (1996年登録・文化遺産)

街の中に溶け込む水道橋。
ケレタロは、18世紀にはメキシコ第3の都市として知られていました。
街の中に溶け込む水道橋。
ケレタロは、18世紀にはメキシコ第3の都市として知られていました。

現在では水道橋のある、美しい古都として有名なケレタロ。

スペイン語ではAcueductoと呼ばれるこの水道橋は、18世紀中頃に建設されました。

水道橋の終点にあるのが、サンタクルス修道院。その脇でこんこんと湧き出ている水辺には、本来ならアフリカにしか生息していない植物が生えているんだそう。謎が深まります…。

現在ではワインやチーズの産地として知られるケレタロ

かつては『メキシコ人が住みたい街No.3』に選ばれた事もある、という噂もあります。

ケレタロ近郊には、新大陸でキリスト教布教を行った修道会の1つ、フランシスコ会の拠点もあります。
スペイン風の建築と、先住民の文化を融合して作られた教会群もまた世界遺産に登録されています。

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21. サカテカスの歴史地区 (1993年登録・文化遺産)

ピンクがかった町並みの続く、サカテカス。

街の多くの建物が赤っぽい石材で出来ていることから、別名『バラ色の街』とも呼ばれているサカテカス。
グアナファトと同様に、銀鉱山が見つかった事から開発が始まった都市です。

チュゲリア様式と呼ばれる、建物いっぱいに装飾を施した建築物が特徴的な町並みの中には、先住民文化の要素が含まれているとも言われています。

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22. サン・ミゲル・デ・アジェンデ (2008年登録・文化遺産)

サン・ミゲル・デ・アジェンデ mirador1

サン・ミゲル・デ・アジェンデはアメリカとメキシコを繋ぐ、銀や水銀の輸送路を守るために作られた要塞都市です。
ちなみに都市名の「アジェンデ」はこの街の出身で、メキシコ独立戦争の英雄であるアジェンデにちなんで付けられました。

遺産を構成している建物の多くは、18世紀に建てられたバロック様式のもの。
街の中心にある大聖堂は、ピンクがかった石で作られ西洋のお城のような雰囲気を醸しています。

現在ではギャラリーや雑貨店が並ぶ、アートの街としても有名。
また、仕事をリタイアしたアメリカ人の人気移住先としても知られています。

同市の周辺にある町、アトトニルコにある教会『ナザレのイエスの聖地』も一緒に世界遺産として登録されています。

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23. モレリアの歴史地区 (1991年登録・文化遺産)

先住民の協力を得て建てられた、モレリアの大聖堂。

メキシコ独立戦争で活躍した神父、モレロスの出身地として有名なこの都市。
街の名前ももちろん、彼の名前にちなんで付けられました。

遺産は青と白のタイルで覆われたドームがある大聖堂や、アメリカ大陸で2番目に古い神学校、サン・ニコラス神学校などで構成されています。

現在は残念ながら、市内に麻薬組織の拠点が設けられ治安が悪化しています…。

24. グアダラハラの救貧施設 (1997年登録・文化遺産)

巨大な複合施設、オスピシオ・カバーニャス。
建物の中は、全面バリアフリー設計になっています。

「オスピシオ・カバーニャス」と言った方が聞き覚えのあるかもしれない、この遺産。
19世紀に建てられた後、150年に渡って病院や孤児院、老人ホームなど、社会的弱者を救済するための複合施設として機能してきました。

建物の天井や壁には、メキシコ革命期の画家オロスコが描いた巨大な壁画があります。
スペイン人によるメキシコ侵略を描いた作品には、圧巻の一言。

エル・ビスカイノ鯨保護区(1993年登録・自然遺産)

メキシコ北部、バハ・カリフォルニア半島の真ん中に位置するこの遺産。
温暖なセバスティアン・ビスカイノ湾にある二つの潟が、鯨を始めとした海洋生物の繁殖地として知られています。

特に鯨の一種、コククジラは世界中に生息する全個体の約1/2が、ここの出身だと言われています。
その他にもアシカやアザラシ、絶滅危惧種とされている4種のウミガメの生息地でもあります。
陸地の部分は砂漠地帯で、最高気温は45℃くらいまで上がるんだとか。

海洋生物の生息する海域を守るため、認可を得たガイドのみがエコツーリズムやホエールウオッチングツアーを行っています。

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!
コククジラの背中にある白い斑模様は、フジツボなどの寄生生物なんだそう。

エル・ピナカーテとグラン・デシエルト・デ・アルタル生物圏保存地区 (2013年登録・自然遺産)

メキシコとアメリカの国境付近にあるこの遺産は、
『ピナカーテ楯状火山』『グラン・アルタル砂漠』で構成されています。

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!

ピナカーテ火山では溶岩が流れた跡が見られ、砂漠の道がそれを縫うように伸びています。

グラン・アルタル砂漠には、高さ200mに達することもある砂丘が点在。
風などの影響で刻一刻と変化していく様が見られます。
これに加え、火山活動によって出来た円状のクレーターが、なんと10も残されています。

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!
一つ一つが巨大なクレーターが並ぶ、広大な大地の風景。

エル・タヒンの古代遺跡 (1992年登録・文化遺産)

『エル・タヒンの古代遺跡』はメキシコ湾岸、ベラクルス州にある9~13世紀に栄えた都市遺跡。
タヒンとは、この地に古くから住むトトナカ族の言葉で、稲妻を意味しています。
その為か、神官の住居とされる建物には、雷のシンボルが彫られているそうな。

最も目を引くのは、一段毎に四角い小窓のようなものを持つ「壁がんのピラミッド」
その小窓の数が365個ある事からカレンダーとして機能していたのではないかと言われています。

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!

カリフォルニア湾の島々と自然保護区群 (2005年登録・自然遺産)

バハ・カリフォルニア半島、『エル・ビスカイノ』から少し南へ下った場所に位置するこの遺産。

かつては陸続きだった大陸島と、火山活動で出来た海洋島が合わせて224もある海域と、日本の本州がすっぽり入ってしまうほどの広さを誇るソノラ砂漠がある内陸部とで構成されています。

海洋生物の多様性はメキシコ随一。
約900種類の魚類や世界中の海で生息する哺乳類の約4割がこの海域で暮らしています。

【世界遺産】メキシコ・バハカリフォルニア半島『エル・ビスカイノ』から少し南へ下った場所に位置する自然保護区群
アシカやアザラシの暮らす海岸地域。

またソノラ砂漠には、世界最大のサボテンとも言われるオオハシラサボテンが林立していて、『ザ・メキシコ』な風景が楽しめるのもこの遺産ならでは。
2007年、2010年に登録範囲が変更され、保護区域が年々拡大しています。

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!
サボテンと砂漠。
誰もが思い浮かべる「ザ・メキシコ」な風景が広がっています。

サンフランシスコ山地の洞窟壁画 (1993年登録・文化遺産)

バハ・カリフォルニア半島の『エル・ビスカイノ鯨保護区』の近くにあるこの遺産。
どうしても洞窟壁画には劣化がツキモノですが、無人地帯である事や乾燥した砂漠気候である事が幸いし、現在でも比較的良好な状態で保存されています。

紀元前1100年頃から紀元後1300年にかけて制作され、様々な種類の動物や武器を持った人間、呪術的要素などが鮮やかな色調で残されています。
メキシコ北部~アメリカ南部にかけての地域で生活していた先住民が残した壁画だといわれており、彼らが高度な文化を有していたことが窺える遺産です。

その一方で、2m近い人間の絵が洞窟に残されていることから、現地では数人の巨人がこの壁画を描いたのではないか、という伝説も語り継がれているんだとか…。

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!
洞窟の一つ『La Pintada』(描かれた壁)。
動物や人間の姿がはっきりと残されています。

パキメの遺跡 (1998年登録・文化遺産)

メキシコ北部、チワワ州の砂漠地帯にあるパキメ族の遺跡。
13~15世紀中頃までトルコ石や塩の貿易基地として栄えた街で、最盛期には1万人が居住していました。
そんな都市も、15世紀半ばに戦争によって衰退したとされています。

建物にはアステカ神話の神、ケツァルコアトルの図像が見られます。
その一方で、アメリカ南部の先住民集落で見られる日干しレンガで建てられた住居が残っていることから、先住民同士の文化交流があったことが窺えます。

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!

カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントローメキシコ内陸部の王の道 (2010年登録・文化遺産)

この遺産はアメリカ、テキサス州からメキシコシティまでを繋ぐ、1,400kmに及ぶ『道の遺産』。

世界遺産の中でも『道の遺産』は中々珍しく、世界の他地域ではスペインの『サンティアゴ・デ・コンポステーラ』やアジア諸国の『シルクロード』等が登録されています。

『カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ』は55の遺跡と5つの世界遺産都市(サカテカス、グアナファト、サン・ミゲル・デ・アジェンデ、ケレタロ、メキシコシティ)で構成されています。

この道の本当の始点は、アメリカ・ニューメキシコ州。
道が出来た当時は、米墨に近接するアメリカの州もメキシコ領だったんです。
戦争の結果、多くの領地がアメリカの手に渡ってしまいました…。

16~19世紀にはグアナファトなどの銀山で産出された銀や、ヨーロッパから輸入された水銀の輸送路として使用されていたため、『銀の道』とも呼ばれる事も。

リュウゼツランの景観とテキーラ村の古式産業施設群 (2006年登録・文化遺産)

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!
鋭い葉を持つリュウゼツラン。
ズラリと並ぶ圧巻の風景はメキシコならでは。

この遺産はグアダラハラ近郊、その名も『テキーラ村』にあります。
その名の通り、メキシコ1有名なお酒『テキーラ』の醸造施設が世界遺産に登録されています。
18世紀に建てられた、日干しレンガにバロック調の装飾を施した施設の中には、現在も稼働中のものも。

テキーラの生産は16世紀に開始され、19世紀以降に生産量が増加。
テキーラの原材料のリュウゼツラン(メキシコではアガベと呼ばれる)は酒造りだけでなく、古くから繊維として使用され先住民の文化形成を支えてきました。

この村の近郊にある、2~9世紀に栄えたテウチトラン文化の遺跡なども世界遺産です。
グアダラハラから出発している訪問・観光ツアーもあるので、ぜひ参加してみて。

メヒナビ豆知識! テキーラの作り方

①アガベの葉の部分を切り落とし、芯の部分だけにする
(芯の部分は見た目がパイナップルに似ているので、ピーニャと呼ばれる)

②芯の部分を、藁で起こした火で焼いた石で蒸し焼きにする。

③茶色くなり、蜜が出てきた芯の部分を、石臼のようなものですり潰す。
(蜜の部分は『アガベの蜂蜜(Miel de Agave)』として販売されている事も)

④すり潰したものと水を大きなタンクに入れ、発酵させる。

⑤3~7日経ったタンクの中身を2~3回蒸留する

⑥半年~10年ほど寝かせて完成!

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!
女の子の横にズラリと並んでいるのがピーニャ。
姿かたちがパイナップルに似ています。
メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!
大昔は馬を使って臼を引き、アガベをすり潰していたんだそう。

テキーラの他にメスカルと呼ばれる蒸留酒がありますが、これはほぼ同一のもの。
原料となるアガベの産地や含有量、製造方法に関して基準が定められていて、これに則って作られたメスカルだけがテキーラと名乗ることが出来ます。

1994年には非営利団体テキーラ規制委員会が発足し、その管理はより厳しくなっているそう。
「本物の」テキーラを購入する際には、メキシコの公式規格NOMと、テキーラ規制委員会CRTのイニシャルが入ったものを選びましょう。

【振り返り】メキシコの世界遺産を一挙学ぼう!

話は大幅にずれましたが、ここでメキシコにある世界遺産全34件を復習しましょう!

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!

1. ウシュマルの古代都市 (南部編)

2. エル・タヒンの古代都市 (北部編)
3. エル・ビスカイノ鯨保護区 (北部編)
4. エル・ピナカーデとグラン・デシエルト・デ・アルタル (北部編)

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!

5. ヤグルとミトラの先史洞窟 (南部編)
6. オアハカの歴史地区とモンテ・アルバン (南部編)

7. オオカバマダラ蝶生物圏保存地域 (中部編)

8. カミノ・レアル・デ・ティエラ・デントロ (変わった遺産編)
9. カリフォルニア湾の島々と自然保護区群 (北部編)

10. カラクルムの古代マヤ都市と保護熱帯雨林群 (南部編)

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!

11. グアダラハラの救貧施設 (中部編)
12. グアナファトの歴史地区 (中部編)
13. ケレタロの歴史地区 (中部編)
(14. ケレタロ州シエラ・ゴルダのフランシスコ会ミッション)

15. サンフランシスコ山地の洞窟壁画 (北部編)

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!

16. サン・ミゲル・デ・アジェンデとアトトニルコ (中部編)
17. サカテカスの歴史地区 (中部編)

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!

18. シアン・カーン自然保護区 (南部編)
19. チチェン・イツァの古代都市 (南部編)

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!

20. ソチカルコの古代都市 (中部編)
21. テオティワカンの古代遺跡 (中部編)

22. トラコタルパンの歴史地区 (南部編)

23. パキメの遺跡 (北部編)

24. パドレ・テンブレケ水利施設の水道橋 (中部編)

25. パレンケの古代遺跡 (南部編)

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!

26. プエブラの歴史地区 (中部編)
27. ポポカテペトル山麓の修道院群 (中部編)

メキシコ世界遺産シリーズ第3弾『メキシコ北部・変わった遺産編』!

28. メキシコ国立自治大学(UNAM)のキャンパス (中部編)
29. メキシコシティの歴史地区とソチミルコ (中部編)

30. モレリアの歴史地区 (中部編)

31. リュウゼツランの景観とテキーラ村 (変わった遺産編)

32. ルイス・バラガン邸と仕事場 (中部編)

33. 要塞都市カンペチェ (南部編)

34. レビジャヒヘド諸島

メキシコ本土(バハ・カリフォルニア半島)からフェリーで30時間(!)もの距離にある離島群、レビジャヒヘド諸島。
2016年に登録された新しい遺産で、『メキシコのガラパゴス』とも呼ばれています。

周辺の海域にはマンタや様々な種類のサメが生息していて、世界中のダイバーからの人気を集めています。
特にマンタは世界最大規模の個体を見る事もできるそう!

太平洋に浮かぶ4つの島からなる、レビジャヒヘド諸島。

最後に…

怒涛の世界遺産大復習、皆さんお疲れ様でした!

参考文献: NPO法人 世界遺産アカデミー監修 『世界遺産大辞典<下>』(2017) マイナビ出版

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